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北斗晶の余命は嘘だった!?息子が結婚した意外なお相手とは!?


   

北斗晶さんといえば、元女子プロレスラーで、活躍されていました。
 
 
そんな北斗晶さんが、乳がんにかかってしまい、現在闘病生活を送られています。
 
 
北斗晶さんの気になる病状と、余命は嘘だったという、うわさがあり、調査しました。
 
 
また、北斗晶さんの、息子さんが結婚した、意外なお相手とは、いったい誰なのか、調査しました。
 
 

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プロフィール

 
hokutoakira

twitterより引用

 
 
芸名 北斗晶ほくとあきらさん、本名 佐々木久子ささきひさこさん
 
 
生年月日 1967年7月13日(現在49歳)
 
 
出身地 埼玉県
 
 
血液型 O型
 
 
身長 169cm
 
 
趣味 映画鑑賞、海外旅行
 
 
所属事務所 健介オフィス(代表取締役社長)

 
 

家族構成

 
両親と、お姉さん、北斗晶さん、妹さんの5人家族だそうです。
 
 
北斗晶さんは、三姉妹で一番気が優しいそうです。
 
 
北斗晶さんは、感受性が豊かで、ドラマとか見ていて、時には、泣いたりする事も、あったそうです。
 
 

デビューのきっかけは

 
1985年に、全日本女子プロレスより、デビューされました。
 
 
当時はまだ、リングネームが無くて、本名をリングネームとして、活躍されていました。
 
 
デビュー当時から、連戦連勝で、デビューからの連勝記録を、保持していたそうです。
 
 
デビュー年の、新人王決定戦では、惜しくも準優勝に終わりましたが、年末の女子プロレス大賞で、最優秀新人賞を手にされました。
 
 
1986年の、大阪城ホール大会では、コンドル佐藤さんが保持していた、全日本ジュニア王座を奪取されました。
 
 
しかし、1987年当時、保持されていたWWWA世界タッグ王座(パートナーに堀田祐美子さん)の初防衛戦にて、首の骨を折る重傷を負い、長期欠場する事となりました。
 
 
骨折した部分は、頸椎の周りの部分であり、最悪の場合には、植物状態になるかも知れないと、告知されたそうです。
 
 

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北斗晶さん誕生

 
危険な状態から、何とか復帰してきた、北斗晶さんですが、医者からは、引退を進められていました。
 
 
なぜならば、「このまま選手生活を続けると、30歳過ぎには、後遺症が出て、体が動かなくなる可能性があります。」との事でした。
 
 
しかし、北斗晶さんは、プロレスを続けたい思いが強く、ファンも復帰を望んでいた(詳しい病状は明かされていなかったようです)ので、復帰を決意されました。
 
 
1988年には、同期の鈴木美香さんと、海猿組を結成するとともに、リングネームを北斗晶に変更されました。
 
 
その後も、活躍は続きましたが、1995年にスポーツと平和の祭典にて、現夫である健介さんと出会い、1995年6月には、健介さんと結婚されました。
 
 
結婚後も、活躍は続きましたが、1998年の長男出産で、一時リングを降りるも、翌年には再度復帰されたました。
 
 
日本初のママレスラーとなり、活躍されていましたが、親友の方を、亡くされた事がきっかけで引退を決意し、2002年4月に引退されました。
 
 
その後しばらくは、主婦業に専念するも、2003年には、夫の健介さんが、WJプロレス退団されました。
 
 
その後、北斗晶さんが、健介さんのマネージャー役として、プロレス界に復帰され、翌2004年には、健介オフィスを立ち上げられました。
 
 
その後、北斗晶さんは、バラエティ番組を中心に、テレビ出演され、レギュラー番組を持つ程の、人気になりました。
 
 

息子が結婚した意外なお相手とは!?

 
息子が結婚した意外なお相手の話が出た時は、息子さんは高校生でした。
 
 
それで、結婚とはどういう事なのかというと、結婚する息子とは、健介さんのお弟子さんで、本当の長男のようにかわいがっていた為に、「息子が結婚」と報道されました。
 
 
そのお弟子さんは中島勝彦さんの事で、中島勝彦さんは母子家庭で育って、16歳の頃からお弟子さんとして一家に迎え入れたそうです。
 
 
その中島勝彦さんの意外なお相手とは、元ミニスカポリスで7歳年上の飯作あゆりさんでした。
 
 
プロレス界の方かと思いきや、全然違いましたね~。
 
 
二人は健介さんの知人の誕生会の席で知り合い、交際に発展して中島勝彦さん自身の誕生日である、3月11日にプロポーズをされたそうです。
 
 
その後は6月11日に婚約発表して、8月11日に結婚披露宴と、11並びにこだわったそうです。
 
 

北斗晶さんの余命は、嘘だった!?

 
北斗晶さんの、余命についての発表が、嘘だったという噂があります。
 
 
それは、がんのステージは2Bで5年後の生存率が、50%という発表によるものと思われます。
 
 
通常、ステージ2であれば、5年後の生存率は、80%位はあるそうですが2Bという表現が微妙で、北斗晶さんの場合は悪性で、右脇のリンパ節にまで、転移していたそうなので、50%になるという事らしいです。
 
 
結局はステージ3に近い、状況だったのではないかと、思われます。(ステージ2と公表した事で、多少誤解を生んだようです)
 
 
北斗晶さんは、毎年乳がんの検診を、受けていたそうですが、それでも発見できなかった程、進行が速かったそうです。
 
 
幸な事に、手術は成功したと、発表されています。
 
 
その後の、2015年11月から抗がん剤治療が始まり、現在は副作用との戦いになっているそうです。
 
 
治療中は抵抗力が落ちるので、食生活や環境などにかなり気を遣うようです。
 
 
治療は8クールの予定になっているそうで、まだ先が長いのでゆっくりと過ごされた方が、良いかと思います。
 
 
闘病生活は大変ですが、無事に克服される事を願っています。
 
 

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